考察: 「北朝鮮」という 呼称について
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「留学同情勢ニュース 等 ブログ」(2018・6・30)より転載
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もくじ
はじめに
この記事を書いている最中に、なんとも許しがたい出来事が起きた。6月28日、修学旅行で朝鮮民主主義人民共和国を訪れていた62人の神戸朝高の生徒たちが、関西国際空港の税関でお土産を全て没収された。
この出来事を受けて29日総聯中央は、緊急記者会見を行い、制裁を口実にした在日朝鮮人への非人道的な行為を強く批判した。
記者会見で指摘されている通り、今回の朝鮮学校生徒たちに対する行為は明らかな人権侵害行為であり、日本政府は今回の行為について直ちに謝罪し、没収した物を返還するべきである。また、今回の事態が発生した根源である、朝鮮民主主義人民共和国に対する不当な経済制裁も、直ちに撤回するべきである。
経済産業省のHPを確認すると、「対北朝鮮の輸出禁止措置等について」という項目があり、ここで具体的にどのような法律に基づいて、どのようなものの輸出入が規制されているのかがわかる。簡単に言うと、「人道目的等に該当するもの」を例外として、「北朝鮮」を仕向地とする全ての貨物、「北朝鮮」を原産地又は船積地域とする全ての貨物は、輸出入が禁止されているのである。これが朝高生たちのお土産没収の根拠とされているのだが、もともと国連や各国が行っている朝鮮民主主義人民共和国に対する経済制裁は、核・ミサイル開発を抑止するための、言うなれば国際的な平和を守るためのスマート・サンクション(もちろんこれ自体が不当であることは断っておく)なので、日本の対朝鮮民主主義人民共和国独自制裁は、本来の趣旨とかけ離れた運営がなされていることは言うまでもない。朝高生たちが持って帰ってきたお土産が、どのようにして国際的な平和を脅かすのであろうか。
経済制裁に関する言及はこれぐらいにして、これより詳しい記事は、後に誰かがこの場で記述してくれることを期待する。
「北朝鮮」という 呼称について
私が今回扱いたかったテーマは、「北朝鮮」という呼称についてだ。すでに何回もこの言葉を使っているが、日本政府は法律や省令などの正式な文章で、「北朝鮮」という呼称を利用している。
また、各メディアも、報道文の中では正式名称は一切使わずに、以下のように「北朝鮮」という呼称を使用している。
- 北朝鮮と韓国、10年ぶりに南北鉄道の連結を協議
- 日米防衛相が会談、北朝鮮非核化へ連携確認
- 外務省に北朝鮮担当課新設、拉致問題など交渉加速狙う
- 北朝鮮、「科学技術強国」の野望
朝鮮民主主義人民共和国に関するニュースは毎日のように流れるが、多くのマスメディアで、正式名称が使用されることはない。ほとんどが「北朝鮮」である。
もはや「北朝鮮」という言葉が日本では定着してしまっているが、そもそも朝鮮民主主義人民共和国という国名をどう略しても「北朝鮮」とはならず、「北朝鮮」とは「朝鮮半島の北側」という意味にしかならないので、「北朝鮮」という呼称は朝鮮民主主義人民共和国の正式名称たりえず、国名として誤った表記方法である。なのになぜ、「北朝鮮」という表記が一般的に使用されているのだろうか。
「日本が朝鮮民主主義人民共和国を国として認めていない」、「『朝鮮』に対する蔑視感情がある」、など、感覚的にはこのように答えることが出来ると思うし、およそ間違ってはいないだろう。しかし今回は、この「北朝鮮」という呼称がどのような経緯で使われるようになったのかについて、一度しっかりと追い、考察してみたいと思う(本稿は森類臣氏の論文『日本のマスメディアにおける「北朝鮮」報道の一考察―「北朝鮮」単独呼称への切り替えと背景の分析を中心に―』(『翰林日本学』15号、2009年、pp.119-141)を参考にした)。
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そもそも朝鮮民主主義人民共和国は日本でどのように呼ばれてきたのか
上記の森類臣氏の論稿によると、例えば「朝日新聞」は、朝鮮半島北部を指す呼称について、1945年8月15日から1948年2月13日にかけて、「北朝鮮」、「朝鮮北部」、「北鮮」を使用していた。この時期はまだ朝鮮が建国されていない時期なので、「北朝鮮」や「朝鮮北部」は言葉通りの意味を成していたのだろう(尚、「北鮮」は植民地期から使用されていた、朝鮮蔑視が込められた呼び方であり、朝鮮半島南部は「南鮮」、「朝鮮南部」と表記されていた)。1948年2月13日から1959年7月11日までは基本的に「北鮮」という呼称を用い、1968年ごろから「北朝鮮」という呼称を使用している。
そして、「朝日新聞」をはじめとした各新聞社は1971年2月4日に「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という、正式名称と「北朝鮮」の歪な並列表記になった。これは、1972年の札幌冬季オリンピックの前年に行われた1971年プレ五輪で、朝鮮民主主義人民共和国側が「北朝鮮」ではなく正式名称で書く(呼ぶ)ように五輪組織委員会に申し入れたことがきっかけとなっている。日本新聞協会ではこれを受けて、各新聞社の記事の初出は「朝鮮民主主義人民共和国」「北朝鮮」を併記することになり、テレビ局では「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と呼ばれるようになった。(ただし、2度目に国名を書く場合や、記事の見出しに関しては「北朝鮮」と書くようになった)。
以降、各新聞社では約32年間に渡り「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という表記が(初出のみ)使用されてきたが、「朝日新聞」は2002年12月28日付朝刊3面に「おことわり 朝鮮民主主義人民共和国の国名表記について 社告」として、以下のような記事を出した。
「おことわり 『朝鮮民主主義人民共和国』の国名については、中国、韓国のように関係者が納得する適切な略称がないなどの理由から、『朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)』と表記してきました。しかし、北朝鮮という呼び方が定着したうえ、記事簡略化も図れることから、今後、外交記事などでは引き続き従来どおりの表記を使う場合もありますが、その他の記事では『北朝鮮』という呼称を使います。」
他、調べたところによると、「毎日新聞」、「日本経済新聞」もだいたいこの時期に表記を「北朝鮮」に変えており、「読売新聞」は1999年、「産経新聞」は1996年から「北朝鮮」単独表記を採用。テレビでは「NHK」が2003年 1月1日、深夜0時30分のニュースから「北朝鮮」を使い、他の局もだいたい同じ時期に変わっており、この時期以降は現在まで変わらずに、どのメディアも「北朝鮮」を使用している。
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メディア側の論理と、当時の状況をふまえた考察
「北鮮」という呼称を使用していた時期は論外だとして、(当然不十分ではあるが)メディアは長い間朝鮮民主主義人民共和国という正式名称を使用していた。にも関わらず、なぜ表記を「北朝鮮」に変更したのか。メディア側の論理はどの社もおよそ先述の「朝日新聞」記事と同じで、つまり、
- 「北朝鮮」という呼び方が定着したこと、
- ②記事の簡略化が図れる、という理由で、「北朝鮮」という表記にすることを決めたのである。
(他には、例えば「読売新聞」は、①、②に加えて、「他の国も『北朝鮮』と表記している」ことを挙げている)
唯一、「NHK」だけは上記の理由に加えて、2002年12月に成立した、「北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律」でも、「北朝鮮」という呼称しか使用していないことを理由に挙げている。
「北朝鮮」という言葉が定着していたとして、「北朝鮮」と表記することによって8文字削減できたとして、放送時間が2秒ほど削減できたとして、どれも一国の正式名称を使用しなくてもいい理由にはならないことは、言うまでもない。また、「他の国も『北朝鮮』と表記している」という理由は、確かに英語圏では「North Korea(北朝鮮)」という表記を用いるがこれは、「South Korea(南朝鮮)」と対になっている言葉であり、北を「北朝鮮」と呼び、南を「韓国」と呼ぶ日本とは状況が異なる。また、FIFAやオリンピックでは、「DPRK」と正式名称を用いている。常に「North Korea」を用いているわけではないのである。また、中華人民共和国では朝鮮民主主義人民共和国の略称として「朝鲜(朝鮮)」、大韓民国を「韩国(韓国)」を使用している。中華人民共和国ではそもそも国名として「北朝鮮」という言葉を使っていないのである。
では、メディアはなぜほぼ同時期に表記を変更したのか。この時期は言うまでもなく、朝日首脳会談で金正日国防委員長が日本人拉致を認め謝罪し、朝日平壌宣言を採択した時期である。首脳会談以降の朝鮮民主主義人民共和国に関するニュースは、例えば「朝日新聞」なら3倍以上に激増し、そのほとんどがネガティブな論調であった。「北朝鮮」という呼称は、このような流れの中で一斉に使用されていき、逆に朝鮮民主主義人民共和国という国名は、日本から姿を消すのである。
メディアの正式な発表があったわけではないが、時代状況を鑑みると、定着がどうとか、記事の簡略化がどうかではなく、政府もメディアも朝鮮民主主義人民共和国を国として認めず、拉致や核開発などをする「北朝鮮」とは強硬な姿勢で相対していくという意思が、メディアや法律への「北朝鮮」表記へと込められているのではないだろうか。
まとめと個人的考察
これまでみてきてわかるように、「北朝鮮」という呼称は1960年代から使用され、一時期は朝鮮民主主義人民共和国という正式名称も並列で表記されていたが、現在ほぼすべてのメディアで正式名称が使用されず、「北朝鮮」のみが使用されている。それは、2002年の「拉致問題」が決定的な契機だったとみることが出来る。そしてこの時期から、朝鮮民主主義人民共和国に対して否定的な報道が激増し、いわゆる「反北朝鮮」社会が急速に形成され、もともと官房長官時代から「北朝鮮」強硬派で有名だった安倍政権を、現在も支えていると言っても良いだろう。
筆者は、当然「北朝鮮」という呼称を使用するべきではないと考える。理由はシンプルで2つ。1つは言うまでもないが、「北朝鮮」とは正式名称ではなく、朝鮮民主主義人民共和国を国家と認めない不当な呼び方であるからである。もう一つは、こちらの方が大きな理由だが、そもそも朝鮮民主主義人民共和国が「北朝鮮」と呼ぶことを承認していないからである。朝鮮民主義人民共和国は、日本が「北朝鮮」と呼ぶことに対して幾度かにわたって直接指摘、批判をしている。先述の1971年プレ五輪しかり、2003年には国連総会において、日本代表団が「北朝鮮」と呼んだことに対して、朝鮮民主主義人民共和国代表部が「侮辱的な表現」と日本代表団を批判している。また、2003年1月29日付けの朝鮮労働党の機関誌「労働新聞」は、「朝日新聞」を名指しにしながら、日本のマスコミの「北朝鮮」呼称を批判する論評を掲載している。このように、当の本人から「その名で呼ぶな」と言われているにも関わらず「北朝鮮」と言い続けるのは、明らかに国家に対する冒涜である。
朝米会談以降、安倍政権はようやく朝鮮民主主義人民共和国との直接対話を模索し始めたそうだ。本気で対話を目指すなら、まずはテレビの前で朝鮮民主主義人民共和国と声を発してみてはどうか。(滉)51
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